『放課後倶楽部』の活動日記

放課後の語り場。部員募集中。

ある年配福祉職員との出会いと別れ

自分は精神科に通院しながら、障がい者向けの就労支援事業所で作業をしている。

今日、いつも通りの終礼の時、80歳を超えた管理職をしている職員から「今日をもって退職します。」という挨拶があった。

 

福祉一筋に60年やってきた、その人の最後の言葉は意外な程あっさりとしたものだった。

「みなさん、無理をすることなく一つ一つ取り組んでいって下さい。私は、〇〇(地元)の空からみなさんのことを見守ってますのでね。」

正確には記憶してないが、こんな感じで短くて簡単な言葉だった。

自分は2年くらいしかその事業所で一緒の期間がなかったのだが、その人の雑談の中で「昔の障がい者福祉は今とは全然違った。精神障がい者なんか鎖でくくりつけとけとか平気で言う人がいた時代もあった。」という話も聞こえてきたことがあった。

戦後そんなに時代も経ってない頃から今まで、まだ福祉が十分に成り立っていない中でずっとやってきた人だ。色々見てきたはずだし、相当の苦労もあったに違いない。

それで、最後の言葉が、先の10秒もない挨拶である。

自分はあまりにあっさりとしたものだったので、リアルタイムでは気にも止めず、自分も帰り際に挨拶をして、励ましの言葉をもらって帰るのみだった。

でも、後で考えてみて、あの言葉こそが、60年福祉をやってきたその人の最後の境地だったのではないかと思う。

その人はまだ元気だが、自分が死んだ後のことも考えていた。

「空からみんなを見守っている」と。

自分は精神科に通院してから、認知行動療法森田療法、疾患に関わる本や心理学や哲学、宗教の本も色々読んできた。

素晴らしいものもたくさんあった。

でも、例えば、そういったものは知的障がいがあったり病状が酷ければ、本を読み通したり、理解することは難しいと思う。

最先端の科学的な医療や宗教に抵抗のある人もいるだろう。

でも、その人が空から見守っているというイメージは、自分や、同じ事業所にいる知的障がいをもった人にも思い浮かべることができるはずだ。

簡単で誰にでもわかるけど、だからこそ、どんな心理療法や哲学者の論理にも負けない強力さが、その言葉にはあった。

その人は、普段から特別なことは何もしなかった。泰然自若というのか、達観しているのだろうが特別わかっているという感じも出さず普通のおばあちゃんといった様子だった。

でも年配者特有の度量の広い雰囲気があって、信頼感があった。

この人に空から見守られていたら、不安な中でも、なんだか勇気がもてそうな感じがあった。

福祉職員として、自分なりに精一杯にやってきたという自負がなければ、あの言葉は言えなかったはずだとも思う。

 

自分はあまりこんな人になりたいと思うことはない。

でもその人のことはすごいと思った。

空を眺めて、安心するなり、なんなら、おかしくて笑ってしまうのでもいい。

そんな、自分が死んだ後でも、人をポジティブな気持ちにさせることができるような人間になりたいと思った。

 

青空