『放課後倶楽部』の活動日記

放課後の語り場。部員募集中。

精神科デイケアで始まった恋たち

僕は、主治医に提案され病院併設の精神科デイケアに通うことになった。

最初の利用説明で女性スタッフから、メンバー同士の連絡先交換や施設外の交流は禁止である事を伝えられた。

もちろん、症状の好転があればいいと思って利用することにしたのだが、半分以上、いや正直に言えば85%くらいは、異性との出会いを期待していた。

同意書にサインする時にも、後ろに座っていた女性メンバーの存在が気になって仕方がなかった。

初日の段階で、症状である対人緊張に耐えながらも、しっかりと女の子たちのチェックは怠らなかった。

ストレスから疲弊してソファでうなだれる僕をスタッフが気にかけて声をかけてくれたが、僕はその時もう、目をつけた女の子のことしか考えていなかった。

 

家に帰ってから、その女の子のことをずっと考えていた。

知恵袋や発言小町で「精神科デイケア 恋愛」と検索しては、色々と読み漁っては都合のいい妄想を膨らませていた。

そのうち、デイケアでの仕事に関心を持つようになって看護師や精神保健福祉士の仕事内容を調べ始めた。

「なんで弱っている人のために、こんなにも一生懸命働けるんだろう。天使に近い存在だ。」

そう思った時にはもう、僕の恋心は、女性スタッフの方に移ってしまっていた。

すっかり舞い上がってしまい、そのスタッフの笑顔を思いながら、お花の絵など描いてみたりした。

でもしばらくして、これは報われることのない苦しい恋に突入し始めていることに気づいて愕然とした。

「こんなことをやってる場合じゃない。この恋心を解いて。元の女の子の方に恋心を移し直さないと。」

そう決心して次の日のデイケアに向かった。

 

彼女はまた素敵な笑顔を浮かべている。

僕は、思い起こされる幻想の彼女ではない、現実の彼女を直視するようにした。

「この人は一生懸命に働く立派でいい人だが、よく見たらそこいらにいる普通のおばちゃんと変わりない。」

濃いめの化粧の下に隠されたシワ一つシミ一つ見逃さなかった。

「やった。恋心が解けた。」

そう心の中でガッツポーズをしてほくそ笑んだ。

スタッフは戸惑いがちに僕の表情を見つめていた。

「なんらかの症状の現れではないかと思っているのかも知れぬ。まあある意味、おかしな症状と言ってもいいかも知れないが。」

僕の恋心は、少し離れたところにいる女性メンバーに再び舞い戻った。

ホッと安心した。

午後のプログラムが始まる頃、初めて見る女性メンバーがやってきていた。

小動物の様に小柄な若い女だった。

一瞬で一目惚れした。

家に帰ってから、また頭を抱えて悶絶することになった。

「うまい具合にスタッフへの恋心を解けたのに。これから少年ジャンプの恋愛漫画みたいな板挟みの恋に苦しむかも知れないぞ。どうしたらいいんだ!?」

 

次にデイケアに行ったある日、例の女性スタッフとデイケア利用にあたっての振り返りを行った。

「せっかくコミュニケーションをとれる人ができても、急にいなくなるのではないかと思うと不安で」

うつむき加減につぶやく僕を相手にスタッフは「隙あらば女の子と連絡先を交換したい」という邪な考えを鋭く見抜いた。

「どういう目的でデイケアを利用しようと思ったんですか。」

ぴしゃりと問いただされたバカな僕はすっかり狼狽してしまった。

 

家に帰ってから僕は恥をかかされたと思ってかの女性スタッフを憎んだ。

「ひどいや。利用者の不安な気持ちを汲み取ろうともしないなんて」

自分の偽りの不安もよそに、また都合のいい被害者意識をたぎらせていた。

でもしばらくして「彼女は僕の治療のことを思って、専念させたいという気持ちがあってあんな言い方になってしまったんじゃないだろうか」

そう思うと、なんだかまた彼女のことが愛おしく思えてきた。

 

あゝ、僕は精神科デイケアを利用して間もないうちに、すでに3人の女性に恋をしてしまった。

恋の病に効く薬もないというのに。