3月31日の日曜日の朝
春の陽射しを浴びて目を覚ます。
昨夜は精神科の頓服薬を飲んで床についたが、今朝も妙にイライラして寝覚めがよくない。
テレビでは桜が開花したと女性のアナウンサーが満面の笑顔をこぼしている。
「気分転換に桜でも見に行ってみようか。」
家にじっとしていてもふさぎ込んでしまいそうだったので、思い切って出かけてみることにした。
公園に着くと、小高い山一面に咲いた桜が本当にきれいだった。
ただ、公園の池の周りを歩きながら思った。
「みんな家族や仲間たちとワイワイ騒いでいて楽しそうだなぁ。それに比べて俺はこの歳になってもあい変わらずひとり彼女もいないままで…」
僕は今年になって、もう3度も恋に破れていたので、それを思い出してなんだかつらい気持ちになった。
「もう帰ろうかな。こんなことなら家で映画でも観ていた方がよかったかもな。」
20分もしないうちに、うつうつとしてきて、そんなネガティブな考えが頭をよぎった。
その時頭の上で
「カァーカァーカァー」と鴉たちが大きな声で鳴いて飛び交っているのに気づいた。
「そうか、花見客たちの食べ残しを狙って集まってきているんだな。」
僕は鴉たちの様子をしばし観察することにした。
けたたましい声を上げながら、枝木の間に隠れて人間の様子を伺っているのやら、電灯の上から食べ物を物色するように見回しているのやら、咲き誇る桜花には目もくれず、鴉たちはみな必死の様相を呈している。
「これこそまさに、花より団子だな。」
眺めつつそんなことを思っていると、ふいに頭の中でブルーハーツのリンダリンダのメロディが流れはじめた。
「ドブネズミみたいに美しくなりたい♪」
「俺は春の陽気の中、また他人と比較してうじうじと嫉妬ばかりしていた。それとひきかえ、鴉たちのなんと逞しいことだろうか。」
僕は家に帰るのを一旦取りやめ、とぼとぼと歩いて行って近くのベンチに腰を下ろした。
「寂しい人間と思われたっていいじゃないか。」
シートを敷いて手作りのお弁当を楽しそうに囲んでいる人たちの傍で、持ってきていたコンビニの菓子パンをとり出し、一口二口と齧った。
「うん。うまいうまい。」
桜を見ながらしみじみと味わった。
やっぱり楽しそうな歓声が気にはなったが、自分なりにささやかな花見を楽しむことはできた。
古来より日本人は、桜には鶯がいいものだとそのとりあわせを愉しんできたが、今日の僕には鶯より鴉の方が心よかった。
ありがとう、鴉たち。