『放課後倶楽部』の活動日記

放課後の語り場。部員募集中。

絵本作家やまさきまひろの闘争 〜焼肉きんぐで食べ放題やりたい放題の巻〜

「おめえそれでも雄か!! 

ナニついちょんやろがよ、おおぉん!?」

にんにくと芋焼酎の臭いが混じった息を吐きかけながら、まひろは若い男性編集者のいちもつをテーブルの下からトングで思いきり捻り上げた。

「ちょっとまひろさん、痛いです!やめて下さいよ、こんな所で!」

土曜日の昼下り、たくさんの子連れ客で賑わう焼肉きんぐの一角で思わず悲痛な声が上がる。

隣のテーブルに座っていた子どもがびっくりしてまひろ達の方を見ると、まひろは真っ赤に漬け込まれたカルビの一枚肉の様な舌を突き出してアッカンベーをして見せた。

カルビの脂身によく似た白い苔が酒にただれた舌にこびりついていて、もはや妖怪の領域に達していた。

子どもの母親はサッとわが子の目を覆い伏せるとこちらに頭を下げた。

 

「どこに子どもを恐怖で固まらせる絵本作家がいるんですか!? もうちょっと自覚を持って下さいよ!」

月刊ぴよこクラブの担当編集者として、柳井はすがるような顔でお願いした。

「この前だって飲み過ぎて、こうなったらもう全面戦争やとか喚き散らして、ピューロランドの社員さん達相手にやらかしたでしょ。優しそうな女性の館長さんにヘッドロックまで決めて。あの後僕謝罪に行って大変だったんですからね。」

まひろは黙ったまま、もくもくと肉を蒸している。

これは誤字ではない。

まひろは焼肉に行くと、大量のキャベツで肉を包み込み、東南アジアの部族がキャッサバを料理する様に蒸し焼きにして食すのだ。

彼女によれば、古代狩猟民族のパトスを最も感じられるのがこのスタイルであるということだった。

 

「だって、おしり探偵とか人気やけ、いけると思ったんやもん。」

一転して今度は甘ったるいくぐもった声で、まひろが不満を漏らした。

四十路になり更年期障害を抱えても、彼女の中には永遠の少女が生き続けているのだ。

「いやいや、子ども向けの春画の絵本なんて無理に決まってるでしょ。しかもサンリオのキャラクターで。絶対許可降りないですから。」

柳井は烏龍茶の入ったグラスを手にため息をついた。

まひろは、まだ釈然としていない様子だった。

そこに、きんぐの男性店員が近づいてきた。

「あの、お客様すいません。もう少し小さな声でお話しいただけますでしょうか。周りのお客様が迷惑していらっしゃいますので。」

途端、酔ったまひろがブチギレた。

「なにおう、常連客に向かって偉そうな口聞きやがって!」

「まひろさんやめて下さい!」

そう言って、柳井が後ろからまひろを羽交締めにして止めにかかったが、なにしろまひろはベンチプレス135kgを上げる猛者である。

アメリカのアニメに出てくるピンク色のユニコーンのタトゥーが入ったまひろの太い前腕が、文化系の柳井の細腕を弾き飛ばす。

「てめえいつも言っとるのに、またこんなに山盛りのサラダ持ってきやがって、これで腹膨らまさせて、肉食えんようにする作戦やろがい!」

関係のないクレームを叫んで、まひろが店員の胸ぐらを掴む。

その時、後ろのテーブルから大きな声がした。

「おいオバハン!みんな迷惑してるから出て行けよ!」

長髪巨漢をした相撲部屋の若力士達であった。

「いやん、私好みのいい男達じゃないの!」

まひろはまた急に乙女にもどった。

彼女はデブ専だったのだ。

「ふざけんな、気持ちわりいんだよオバハンがー!」

怒声をあげながら若力士達が突進してくる。

まひろは、絵本に出てくる魔法使いの杖の様に血肉のついたトングをひらりひらりと振り回すと、あっという間に若力士達をのめしてしまった。

彼女はかつてロシア軍のブートキャンプに参加し、伝統的身体武術システマを体得していたのだ。

 

「さ、こんなところで油売っていられない。早いとこウチに帰って続きを描き上げなくちゃ。帰るわよ柳井。」

まひろはそう言いながら、持ってきたタッパーに生肉をぎゅうぎゅうに詰め込み始めた。

「いや、こんなことしちゃってまずいですよ、まひろさん。それに肉食え肉食えいうばかりで、打ち合わせなんか全然進まなかったじゃないですか。」

尻餅をついたまま泣き言をいう柳井を振り返ると、まひろはナムルの挟まった黄ばんだ歯を剥き出して笑って言った。

「よし、じゃあラウンドワン行ってから話聞くわ。なんか久々にフットサルしたい気分やねん。付き合えや。」

柳井はむせ返るような臭いに思わず鼻をつまみながら、

「わかりましたよ。もうどこまでもついて行きますよ。その代わり、また飛び切りの傑作描いて下さいね!!」

と、白い歯に韓国海苔をへばりつかせたまま、まひろに負けないくらいの大きな笑顔を浮かべて返事をした。